SHONAN HIRATSUKA TANABATA
あゆみHISTORY 1951 — 2025
焼け野原からはじまり、いまや日本を代表する夏の風物詩へ。一本の竹飾りに込めた商人の心意気が、七十余年の物語になりました。
WHAT MAKES IT SPECIAL
“日本一”といわれる、豪華な七夕飾り
活発な商業力に裏づけられた飾りの豪華さが、湘南ひらつか七夕まつり最大の特色。中心街を埋め尽くす絢爛な飾りと、時代を映すデザインが毎年見る人を楽しませます。
約300本の飾り
中心街に約300本。メーン会場「湘南スターモール」は絢爛豪華な飾りが通りを埋め尽くします。
5mを超える大型飾り
見上げるほどの大型飾りが登場。スケールの大きさも見どころのひとつです。
時代を映すデザイン
活躍中のスポーツ選手や人気の動物・キャラクターなど、流行を取り入れた飾りが大きな特徴。
多彩な催し物
飾りのコンクールやパレード、まつりを彩る「湘南ひらつか織り姫」など催し物も盛りだくさん。
THE ORIGIN
焼け野原から、復興の願いを込めて
すべては、戦後の復興を願う商店主の心意気からはじまりました。
1945大空襲、そして早すぎた復興
平塚は海軍火薬廠があったことから昭和20年7月の大空襲で壊滅的打撃を受け、中心市街地の約70%が焼け野原と化しました。しかし復興は早く、昭和25年7月には『復興まつり』が開催されます。
翌昭和26年7月、平塚商工会議所と平塚市商店街連合会が中心となり、仙台の七夕まつりを範として、平塚商人のたくましい心意気を吹き込んだ第1回七夕まつりを開催。昭和32年の第7回から平塚市の主催に、平成23年の第61回からは主催を市から実行委員会へと移し、いまでは日本を代表する七夕まつりに成長しました。
TIMELINE
七十余年の、あゆみ
年代をタップすると、その時代のまつりが開きます。★は節目・話題となった回です。
昭 第1回〜第10回昭和26〜35年 / 1951–1960 戦災復興からの誕生。10万人が、6年で100万人に。
- 第1回昭和26年7/4–8★ はじまり10万人
平塚復興祭の延長として「平塚七夕まつり」がスタート。竹飾りは貧弱なものだったが、手作りの造花は丹精込められたものだった。
- 第2回昭和27年7/5–913万人
竹飾りも華やかに。この年「平塚七夕音頭」を発表(作詩:鹿島孝二/作曲:鈴木徳一郎)。
- 第3回昭和28年7/4–820万人
竹飾りのトンネルが出現。エリザベス女王戴冠式にちなむ「王冠」が特選に。「平塚恋しや」(作詩:西条八十/作曲:上原げんと)を発表。
- 第4回昭和29年7/3–740万人
県下三大行事の一つに。一千軒に及ぶ商店が竹飾りを出し、国道筋は大型貨物車の交通止めをするに至った。
- 第5回昭和30年7/2–7★ 100万人突破100万人
「一戸一本飾り付け運動」を展開。京花紙の造花がビニール製となり全天候型に。ラジオ公開録音、七夕絵ハガキ発売もこの年。
- 第6回昭和31年7/6–10130万人
外国人観光客や全国各地から観光バスが訪れるように。アロハシャツがおそろいの制服として登場した。
- 第7回昭和32年7/5–9★ 市主催に150万人
「市の祭り」として定着し、この年より平塚市主催に。アロハシャツをユニフォームに制定。ミス選出を市民投票によることとした。
- 第8回昭和33年7/4–8150万人
「関東名物七夕まつり」として仙台・水戸・安城から視察者がつめかけた。この年から「物産展示即売会」を開催。
- 第9回昭和34年7/3–7130万人
特選「皇太子御結婚」。ミスワールド、ミスユニバース日本代表、京都祇園の舞妓らがミス七夕とともにパレード。米国大使代理の書記官が来平し国際親善を深めた。
- 第10回昭和35年7/6–10★ 10周年150万人
10周年を記念して「七夕音頭」(作詩:戸川貞雄/作曲:米山正夫)を発表。
昭 第11回〜第20回昭和36〜45年 / 1961–1970 「関東の七夕まつり」として、全国区へ。
- 第11回昭和36年7/5–9★ 全国区に150万人
竹飾りが仙台七夕に比肩されるように。ラジオ各社が人気番組を公開放送し、「関東の七夕まつり」の座が不動のものになった。
- 第12回昭和37年7/5–9160万人
各国の外交官や在日米軍首脳が来平、米国の高校生も多数見物に。国際色を増した。
- 第13回昭和38年7/5–9200万人
国道筋約1kmに303本の竹飾り。新装の市民センター大ホールで七夕宝くじ抽選会を開催。
- 第14回昭和39年7/3–7200万人
東京オリンピックの年。ミス七夕パレードにミスアメリカとミスロングビーチが特別参加。
- 第15回昭和40年7/7–11★ 15周年220万人
15周年を記念し仙台市長・島野武氏を迎え親善を図る。初めてテレビの公開放送が行われた。
- 第16回昭和41年7/6–10220万人
増える交通量への対応として、国道1号線の渋滞解消のための「竹飾り規制」を実施。のちにバイパス開通で解消した。
- 第17回昭和42年7/6–10235万人
「七夕号」と名付けられた臨時電車42本が運行され、見物客を運んだ。
- 第18回昭和43年7/3–7235万人
最終日が参院選投票日と重なり投票を呼びかけ。仙台市長のメッセージを運ぶ仙台親善鳩レースが行われた。
- 第19回昭和44年7/4–8285万人
マイカーの普及により、車で訪れる見物客が多くなりはじめた。
- 第20回昭和45年7/7–11★ 七夕おどり誕生330万人
20周年を記念し「七夕音頭」と「七夕おどり」(作詩:石本美由紀/作曲:市川昭介)を発表。期間中、国道1号線を全面交通規制した。
昭 第21回〜第30回昭和46〜55年 / 1971–1980 「日本一の竹飾り」。300万人時代へ。
- 第21回昭和46年7/7–11★ 日本一350万人
「日本一の竹飾り」と銘打って記念ハガキを発売。七夕協賛として郵便創業百年記念郵便展を開催。
- 第22回昭和47年8/4–8315万人
露天商が集中する7月を避け8月に会期変更。だが仙台七夕と会期が重なり課題を残した。市制40周年。
- 第23回昭和48年8/4–8★ 存続の危機85万人
駅ビル建設問題からいったん中止を決定するも、「伝統の火を消すな」と有志が立ち上がり、商工会議所が肩代わりして開催した。
- 第24回昭和49年7/5–9300万人
再び市主催となり「1億円の七夕」と名づけ再出発。一飾りあたり400〜500万円の超デラックス飾りが出現した。
- 第25回昭和50年7/4–8★ 25周年327万人
25周年記念。市民ぐるみの郷土祭典を盛り上げるため、ミス七夕パレードを全市域に広げた。
- 第26回昭和51年7/7–11250万人
ミス七夕を公募に改める(応募194名)。従来のタレントのミスは「七夕の女王」となった。
- 第27回昭和52年7/7–11291万人
公募2年目で応募252名。竹飾りが林立する国道1号線が市道に移管された。
- 第28回昭和53年7/6–10300.5万人
準ミスを廃止し3名をミス七夕に。観光客誘致のため外国人向け英字パンフレットを発行した。
- 第29回昭和54年7/5–9★ 七夕太鼓315万人
平塚青年会議所が中村八大氏に依頼し「七夕太鼓」を発表。国鉄平塚駅は開業以来最高の乗降客数を記録した。
- 第30回昭和55年7/4–8★ 30周年310万人
30周年を記念しシンボルマークを制定。七夕記念資料展や30周年記念誌の発行など多彩な事業を行った。
昭 第31回〜第40回昭和56〜平成2年 / 1981–1990 レーザー演出に過去最高人出。昭和から平成へ。
- 第31回昭和56年7/3–7318万人
過去3番目の人出を記録。国際障害者年にあたり慈善なべなどが登場した。
- 第32回昭和57年7/7–11★ 市制50周年310万人
市制施行50周年。高山市と友好都市提携、花巻市・天城湯ヶ島町と市民休養の郷の締結が行われた。
- 第33回昭和58年7/6–10297万人
竹飾りの掲出基準を自主的に設定。観光客の一方通行を実施し混雑緩和・危険防止を図った。花巻市の鹿踊りも披露。
- 第34回昭和59年7/5–9★ レーザー初公開325万人
ロス五輪・日本丸・エリマキトカゲをテーマにした飾りが目立つ。東海大の協力でレーザー「スペース・ラブ・ファンタジー」を初公開した。
- 第35回昭和60年7/5–9★ 35周年327万人
高山「陣屋太鼓」・花巻「北秀鬼太鼓」・平塚「七夕太鼓」の競演。つくば科学万博をテーマにした竹飾りが多く見られた。
- 第36回昭和61年7/4–8329万人
紅谷パールロード等からも露天商を排除。「飾りを見る区域」「露店を楽しむ区域」「お祭り広場」などエリアが明確化してきた。
- 第37回昭和62年7/3–7333万人
東海道本通りがショッピングモール化され、新しい試みで竹飾りを掲出。花巻市からミス花巻ら東北美人もパレードに参加した。
- 第38回昭和63年7/7–11★ 当時過去最高353万人
県外誘客キャンペーンも奏功し、過去最高の353万人を記録。「武田信玄」や長嶋Jr.の竹飾りが人気。平塚MNビル完成。
- 第39回平成元年7/6–10★ 平成へ改元345万人
昭和から平成へ。サンライズひらつか21計画の完成で北口駅前広場も整備され、中心市街地が一新。メルヘン調の飾りが多く見られた。
- 第40回平成2年7/5–9★ 40周年358万人
7日が土曜にあたり当時最高の358万人。40回記念に「出逢いの像」をJR平塚駅北口広場に設置。「ちびまる子ちゃん」飾りも登場した。
平 第41回〜第50回平成3〜12年 / 1991–2000 「湘南ひらつか七夕まつり」へ改称。史上最高361万人。
- 第41回平成3年7/4–8353万人
「太平記」の足利尊氏や、若花田・貴花田、引退した千代の富士の飾りが目立った。友好都市の郷土芸能も人気を集めた。
- 第42回平成4年7/3–7★ 市制60周年359万人
市制60周年にふさわしく当時最高の359万人。アルベールビル・バルセロナ両五輪や「きんさん・ぎんさん」など話題性の高い飾りが登場。
- 第43回平成5年7/7–11★ 改称・史上最高361万人
この回より「湘南ひらつか七夕まつり」に改称。7日を初日にした話題性も後押しし、史上最高の361万人を記録。皇太子ご成婚やJリーグの飾りが彩った。
- 第44回平成6年7/7–11352万人
ミス七夕をとりやめ。コンクールに「話題賞」「ちびっ子賞」を新設。ベルマーレ平塚や湘南ナンバーなど地元の話題が通りを彩った。
- 第45回平成7年7/7–11★ 45周年318万人
45周年を記念しブラジル人ダンサーのサンバや織姫・彦星の出迎えを実施。野茂英雄投手や伊達公子選手の飾りが目を引いた。
- 第46回平成8年7/5–9298万人
雨にたたられ13年ぶりに300万人を下回る。ネットによる願い事募集など市民参加イベントが人気。「秀吉」やアトランタ五輪の飾りが登場。
- 第47回平成9年7/3–7345万人
19年ぶりに5日間連続の晴天。タイガー・ウッズや伊良部投手、ゆめ国体など時の話題に加え、幼稚園・小学校など市民参加の飾りも多数。
- 第48回平成10年7/3–7354万人
中田英寿選手や「ポケットモンスター」の飾りが人気。環境にやさしい「ケナフの短冊」に願い事を書くコーナーを新設し好評を得た。
- 第49回平成11年7/7–11324万人
松坂投手や「だんご3兄弟」など時代を映す飾りが並ぶ。市民ボランティアによる掲出やイベントが増え、市民参加型の第一歩が記された。
- 第50回平成12年7/7–11★ 50周年319万人
初日は台風3号で飾りを降ろすハプニングも、翌日以降回復。「全国七夕サミット」「歴史回顧展」など記念事業を実施。田村亮子・高橋尚子選手の飾りが登場。
平 第51回〜第60回平成13〜22年 / 2001–2010 市民参加型のまつりへ。会場の再編が進む。
- 第51回平成13年7/5–9317万人
「アニバーサリー協賛竹飾り」「市民協賛竹飾り」の試みで掲出本数が増加。イチロー選手や小泉首相・田中外相を取り入れた飾りが注目を集めた。
- 第52回平成14年7/4–8★ おまつり広場315万人
市民活動の場「おまつり広場」を新設し、子ども会による「子ども飾り」を掲出。W杯日本人選手や敬宮愛子様誕生を祝う飾りが楽しませた。
- 第53回平成15年7/3–7286万人
初日と最終日が雨で7年ぶりに300万人割れ。おどりパレードは中止に。アザラシの「たまちゃん」を模した飾りが子どもたちに人気だった。
- 第54回平成16年7/1–5307万人
国政選挙のため約30年ぶりに7日を含まない日程に。それでも300万人超え。アテネ五輪で期待された選手を応援する飾りが目立った。
- 第55回平成17年7/6–10★ まちかど広場275万人
交通規制時刻の変更や飾りの消灯繰上げなど、安全・安心を模索。開園した紅谷町まちかど広場に「子ども飾り」が掲出された。
- 第56回平成18年7/6–9270万人
開催が4日間に。見附台広場に第2ステージを新設。学生や企業から多くのボランティアが清掃・案内に活躍。トリノ五輪・WBCの飾りが人気。
- 第57回平成19年7/5–8280万人
見附台広場でステージや出店が増え賑わう。メジャー選手やハンカチ王子・ハニカミ王子などスポーツ選手の飾りが人気を集めた。
- 第58回平成20年7/4–7240万人
洞爺湖サミットと一部重複し警備に配慮しイベントを縮小。中越沖地震から1年の柏崎市へ、激励メッセージや短冊350枚、七夕飾りを贈った。
- 第59回平成21年7/2–5230万人
7月第一木曜から4日間の開催に。中心街約600本、市内全域では約3,000本を掲出。メーンステージで出演者を公募。最終日早朝に暴力団抗争事件が発生し、警備体制強化の必要が生じた。
- 第60回平成22年7/1–4★ 60周年230万人
掲出基準を緩和し名称を「七夕飾り」に変更。「全国七夕サミット2010 in 湘南ひらつか」を開催。高さ9mのスティッチ大型バルーンや白井貴子ライブを実施した。
平 第61回〜第70回平成23〜令和4年 / 2011–2022 震災、そしてコロナ禍を越えて。実行委員会主催の新時代。
- 第61回平成23年7/8–10★ 震災・主催変更120万人
東日本大震災の影響で規模を縮小して開催。主催を市から実行委員会へ変更した。復興の願いを込め、石巻市・花巻市の小学生らによる短冊4,733枚を掲出。パレードは中止とした。
- 第62回平成24年7/6–8★ 市制80周年160万人
市制80周年。「RE START!」をテーマに夜景が復活し、七夕おどり千人パレードを再開。仙台の飾り掲出や陸前高田のうごく七夕太鼓など、東北との交流を深めた。
- 第63回平成25年7/5–7170万人
「KIRA'RE'START!〜煌めき未来へ〜」。織り姫セレクションでネット投票を初実施。掲出促進の取り組みで湘南スターモールの飾りが83本となり11年ぶりに増加した。
- 第64回平成26年7/4–6165万人
「未来へつなぐ物語」をテーマに開催。「織り姫と県警音楽隊のパレード」を4年ぶりに再開。スターモールの飾りは2年続けて増加し84本、中心商店街全体で約540本となった。
- 第65回平成27年7/3–5★ 65周年145万人
スターモールの飾りが3年連続増で85本に。さがみ産業ロボット特区の飾りも登場。雨天で千人パレードは中止も、織り姫と音楽隊パレードは実施できた。
- 第66回平成28年7/8–10155万人
リオ五輪や昔話をテーマに全体531本。千人パレードに約1,000人。平塚出身の穂積絵莉選手も参加。七夕プロレスには約3,000人の観客が集まった。
- 第67回平成29年7/7–9167万人
全体568本、スターモールは近年最多の89本。市民参加型の飾りが半数近くに。リトアニアのダンスチームが千人パレードに参加し観光客を魅了した。
- 第68回平成30年7/6–8140万人
平昌五輪やパンダをテーマに全体491本。千人パレードは雨天中止。織り姫と音楽隊パレードに海上自衛隊横須賀音楽隊が初参加した。
- 第69回令和元年7/5–7★ 令和へ改元155万人
新元号「令和」やラグビーW杯をテーマに全体485本。容器回収や竹箸使用などSDGsの取り組みにも挑戦した。
- 令和2年2020中止
第70回は新型コロナウイルスの影響で開催中止。アーケードへの飾り掲出、「星に願いをプロジェクト」「#エア七夕平塚」、おどりリレー動画、回顧展示などの代替事業を実施。織り姫も審査を中止した。
- 令和3年2021縮小
通常開催を中止し「湘南ひらつか七夕まつり2021」として規模を縮小。中心商店街への飾り掲出やオンライン短冊「宇宙に届け わたしの願い」など、7月を中心に多彩な取り組みを行った。
- 第70回令和4年7/8–10★ 3年ぶり開催80万人
2度の中止を経て3年ぶりの開催。市制90周年と重なる節目に。露店中止や来場自粛要請のなか約80万人を迎えた。再開発でひらしん平塚文化芸術ホールと見附台公園が新会場となり、プロジェクションマッピングも実施した。
令 第71回〜第73回令和5〜7年 / 2023–2025 日常の祭りが、帰ってきた。新会場で深化する七夕。
- 第71回令和5年7/7–9★ 夜景の部 復活115万人
開催時間を1時間延長(20時/最終日19時まで)し、4年ぶりに七夕飾りコンクール「夜景の部」を実施。飲食販売もルールを設けて再開した。全体360本、スターモール76本。露店と休憩を見附台公園に集約した。
- 第72回令和6年7/5–7110万人
全体約300本、スターモール85本(前回比9本増)。第72回織り姫を先頭に約500人が連なる千人パレードを実施。ホール・見附台公園・アクロスプラザを活用し、地元中学生開発のくずバーや学生委員会のオリジナル短冊販売などで盛況だった。
- 第73回令和7年7/4–6★ 最新115万人
七夕飾りは中心街全体で約300本。湘南スターモール85本、紅谷パールロード18本で前回より2本増。紅谷町まちかど広場には市内保育園・小学校などの「子ども飾り」が6月14日から17本掲出され、開催前の中心商店街に華を添えた。
露店出店は東海道本通り等に合計約100店が並び、道路上への出店は6年ぶりに復活。熱中症対策として会場内14か所にミストを設置し、見附台公園の休憩テントを拡充、ひらしん平塚文化芸術ホールの多目的ホールをクーリングスポットとして活用した。
イベント会場はひらしん平塚文化芸術ホール・見附台公園・アクロスプラザ平塚見附を活用。ホールでは友好都市の郷土芸能や市民団体のステージ、屋外では平塚商工会議所青年部によるベルマーレキックターゲットや横浜ビーコルセアーズのフリースローゲームなどのスポーツブースを実施。平塚青年会議所の「七夕学生委員会」の学生による、食品アレルギー表示の促進ツール制作や短冊販売なども行われた。